第1話「ヴァルモン」

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4月。

誰もが 何かを期待してしまいそうになる、そんな季節。

僕も淡い期待を胸に校舎の窓から桜並木を見つめていた。

もしかしたら、3階の窓から外を眺めている僕と

まだ名前も知らない「あの娘」と目が合うかもしれない…

そんな事を思いながら窓を見つめていた。



だけど、現実には「何か」なんて起こるわけもなく…

新学期だからってフラグが立つのは向こうの世界の話。

変わったのはせいぜい学年とクラス、そしてそれに伴う人事異動

クラス替えもイベントといえばイベントだけど、

それも1ヶ月もすれば日常のものとなる…


「…ため息なんかついてどうかしたの?」

ふと、横から声をかけられた。

「…なんだ、桜か」

彼女を一瞥すると僕はまた、窓へと視線を戻した。

「なんだとは何よ!人が心配してあげてるのに!」

ここで「誰も心配してくれとは頼んでいない」なんて定番な台詞を残すと後が何かとめんどくさいので、

静かに鞄を持って椅子から立ち上がった。

「…帰るの?だったら一緒に帰ろう」

彼女はこちらの答えを待たずに自分の席へ鞄を取りに行った。

俺はそんな彼女を無視して教室を後にした。

「ちょっとー、待ちなさいよ」

廊下に出たところで彼女が追いついてきた。

「何で勝手に先に行くのよ?」

「勝手も何もないと思うけど…」

「一緒に帰ろうって言ったでしょ?」

「聞いた…でも、僕は何も返事してないし」

「わけの分らない屁理屈言わないでよ…子供なんだから」

そう言う彼女のほうが見た目だけはロリ な分、子供に見えるが、

本人は結構気にしているので言わない…いや、言えない

「悪いけど、部長と会う約束してるから」

「部長って…稔、部活入ってないでしょ」

帰宅部 の部長だよ」

「また、意味不明な事を…」

物々と文句を言いながらもなぜか桜は僕の後について来る。

「昇降口、あっちだけど?」

進行方向とは逆を指して聞いてみる。

「私も帰宅部だから部長さんに挨拶しておこうと思って」

そうですか。

「でも、桜は女の子だろ?僕は男子帰宅部 だから部長は別の人じゃない?」

「もう何でも良いから、早く用事終わらせて帰ろうよ」

「だからついて来なくて良いって…」



「おーい、学ー!」

放課後で人もまばらになった教室の中へそう、声をかける。

すると『学』という名前に桜は明らかに嫌そうな顔した。

「おー秋月、遅せえよ」

「悪い、じゃあ行こうか」

「あれ、伊藤さんも一緒に行くの?」

「知らないけど…どうする?」

僕の後ろに隠れるようにしている桜に向かって一応、聞いてみる。

「…何処行くの?」

学に聞かれたくはないのか小さな声で返事があった。

「まぁ、行けば分るよ」

「怪しいところ?」

「怪しいと言えば怪しいよなー」

学が何が楽しいのか良く分らないが笑顔で答えた。

「…」

桜は一瞬だけ学の方に一瞬だけ視線を向け、そして僕の顔をじっと見つめる。

「…」

「…行く」

学に聞かれたくないのか、なぜか小さな声でそう告げた。

そうか…一緒に行くのか。


駅前のメインストリートから一本外れた路地。

その少し寂れた通りの雑居ビルの2階にその店はあった。

「ここがその店か?」

「あぁ」

「どう見ても怪しい感じがするけど…」

手動のドアを引いて店の中へと入る…

「凄いな…これ全部カードか?」

お世辞にも広くない店内には色とりどりのカードがずらり。

「ここ…何屋さん?」

桜はどこか呆れ気味だ。

「そうだな…ホビーショップっていうのかな?」

私の知ってるホビーの店 はこんな感じじゃないけど…」

「ホビーという括りで言えば手芸とかクラフト関係のイメージが一般では確かに強いけど模型とか…」

学が得意げな顔をで説明を始めた。

当然、桜は聞いていない。

というか、きっと学のこういう所が桜は苦手なのだろう。

「どうでも良いから何を買ったら良いか説明してくれよ」

「悪い、悪い…そうだな」




「とりあえずスターター買わなきゃ話にならないな」

スターター ってこの箱のやつか?」

「そうそう、できれば最新版の購入をお勧めする…最新のルールブックが手に入るからな」

「ふーん」

「後は
DSとかTSとかそういう括り系のスターターならジェネレーション も集めやすい」

「なるほど」

「ただ、この店みたいにGカード売ってる所もあるし」

「売ってるね…投売りのように」

「それに当面必要なGカードと必要ないGカードを交換するという手もあると言えばある」

「ふむふむ」


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「…さっきから何の話してるの?」

ずっと黙っているのに耐えられなくなったのか桜が口を出してきた。

ガンダムウォーっていうTCG の話だよ、これから始めようと思って」

「ガンダムって…まだ、そんなのにはまってたの?最初に放映されたの1979年の4月7日よ?」

「…何で知ってるの?」

79年はともかく4月7日って…

「と、とにかく…そんな昔のアニメのゲームにお金使うくらいなら私に何か買ってよ」

「昔って…今でも新シリーズ作られてるし…それに何で桜にプレゼント買わなきゃいけないんだよ?」

「最新作っていっても何か1stとかからの流用 が多い気もするし…じゃなくて…その、もういいわよ!」

「流用というかパロディとかオマージュ 的な扱いじゃないの…っていうか見てたの?デスティニー?」

「たまたまテレビ見てたらやってて…ちょっと見た だけよ!」

そう言うと桜は怒って店を出て行ってしまった。

「どうしたんだ…あれ?」

「分らないけど…いつもの事だよ」

「なら良いけど…でも、初代の放送日知ってたって実は隠れガノタ ?…そういえば4月7日って今日だな」

「そうだね…そうか28年前 の今日、ガンダムは大地に立ったんだね…」

そう思うと何か感慨深いものが込み上げてくる。

ん…そういえば4月7日って…

「学、とりあえず必要なもの揃えてくれよ、二人分」

「あいよ…って二人分?」


学に初心者が必要であろう物は全て揃えてもらい、僕は店を後にした。

学は何か知り合いと話があるとか言っていたから置いてきた…というかそうでなくても置いてくつもりだった。

狭い路地を抜け、大通りを駅と反対方向に走る。

夕暮れの雑踏から河を渡って木立を抜けて家の方向へと進む。

景色はやがて静かな住宅街へと変わっていく。

昔みんなで集まった駄菓子屋…今はシャッターが降りたままのその向かい。

やはりみんなで遊んだ小さな公園。

子供たちの姿はなかったが、そこには見慣れた制服の少女。

手すりのような柵にもたれ、一人夕闇を見つめていた。

「桜」

少女の名を呼ぶ。

彼女はこちらに気付いたようだが振り向きはしなかった。

「隣、良い?」

また返事はなかったが断られたわけでもないので、僕も柵に寄りかかる。

「…怪我するかもしれないからって撤去されたんだって、ブランコ」

こちらを見ずに彼女が言った。

もしかしたら僕に言ったのではないかもしれない。

でも、辺りには僕たち以外、誰もいなかった。

「するかもしれないっていうか、怪我したよね、いっぱい」

「そうだね…稔はいっぱい怪我してた…昔から、それで良く泣いてた」

「何か引っかかるな…桜も良く怪我してたじゃないか」

「でも、私は泣かなかった」

確かに彼女は泣かなかった。

地面に顔から突っ込んでも、ブランコの椅子が後頭部を直撃しても…

「でも、家に帰ってからは泣いてただろ?消毒がしみるーとか言って」

「…そうだね」

公園の街灯に明かりが灯り始めた。

どこかの家からカレーの匂いがしてくる。

「今日はごめんね、勝手についてきたくせに一人で帰っちゃって」

「いや…こっちこそごめんね」

「何が?」

「…今日、誕生日だろ?なのに忘れてて」

「思い出してくれたんだ…ありがとう」

「うん…はい、これプレゼント」

鞄から包みを取り出して渡す。

「…開けて良い?」

「うん」

「…何これ?」

青色の包みを剥した彼女は愉快そうであり、悲しそうでもある表情で聞いてきた。

「ガンダムウォー…一緒にやろうよ」

「はぁ…稔、女の子にこんなの送ってたら一生彼女できないわよ?」

「いや、でも学が言うには女性のプレイヤーも少なからずいるらしいよ?」

「そりゃあいなくはないでしょうけど…ま、思い出してくれただけマシか」

「何か言った?」

「何にも…それより、早く帰ろう」

振り向いた彼女の顔は暗がり良く見えなかった。



「ガンダムウォーってのは
機動戦士ガンダムの世界を舞台 にしたトレーディングカードゲームなんだよ」

「ふーん、トレーディングカードゲームって昔、皆が集めてた
20円くらいのアレ と一緒?」

「いや、あれも一種と言えばそうだけど…今のカードゲームはもっと戦略性に富んでるんだよ」

「あぁ、そういえば駅前のゲームセンターで
何か小さい子がカード使ってゲーム やってるね」

「いや、あれも違うんだけど」

「うーん、確かに何か
女の子がやってるのとか>男の子がやってる のはガンダムじゃなかったけど」

「いや、そういう系統のガンダムバージョン もあるけど、GWはまた違うんだよ」

「へぇ、面白いの?」

「面白い…らしい、僕もこれから始めるから良く分らないけど」

「どうやって遊ぶの?」

「基本的にはMSとかのユニットを生産して相手を攻撃して本国をなくした方の勝ちらしい」

「本国って?」

「なんだろう…HPとかそんな感じのものかな?上手い例えが見つからないけど」

「へぇ…それが0になったら終わりなの?」

「基本的にはね」

「基本的にはって事は
ずっと私のターン とかできるって事?」

「…どういう事?」

「…何でもない」

「とにかくキャラクター物のTCGとしては戦略性も高いし、面白そうじゃない?」

「でも、ルールとか覚えるの大変じゃない?」

「確かに素人がいきなり一人で始めるのはきついかもしれないけど、学が結構詳しいらしいし」

「雨宮君か…」

「そ、それにインターネットとかでも色々情報とかサポートあるみたいだからさ」

「そっか…まぁ、少しだけなら付き合ってあげても良いけど?」

「本当、良かった!実は一人で始めるのって少し不安だったんだ」

「不安って…そんな大層なシロモノじゃないでしょ」

「そうだね、とにかくルールブックとかカード見てみてよ」

「もう、分ったから…じゃあね」

「おう」