第2話「戦慄のブルー」

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放課後。

授業が終わったからといって特に用事があるわけではないけれど、

この後の時間をどう使おうが自分の自由という事がこれ以上のない幸せに思えてくる。

「稔、放課後だよ?帰ろうよー」

まぁ、僕の場合は自分の意思のままに使えないことも多々あるけど…

「放課後なのは知ってるから…帰りたければ一人で帰れ、小学生じゃあるまいし」

見た目は小学生に見えなくもないが…

「そんなこといって、私が暴漢に襲われでもしたらどうするのよ?」

「襲われないから…」

「どうせ、暇なんでしょ?商店街でお茶でもしてこうよ♪」

どうせ暇という言葉に少し腹が立ったが

逆に桜も「どうせ暇なんだな」と思うとどうでも良くなってきた。

「『♪』じゃなくてさ…これから僕、学とこの前のカードゲームの話をしようと思ってたんだけど」

多少はルールを把握したものの今後どういう風にカードを集めたりすれば良いかを相談するためだ。

「それどれくらいで終わる?一分?三十秒?」

「分らないけど…少なくとも宅配ピザが家に来るよりは時間がかかると思うけど?」

「そっか、じゃあ私も一緒に行く…それで終わったらお茶して帰ろう?」

そんなにこいつはお茶が飲みたいのだろうか?

もしそうなら、無理に俺に付き合わなくても他のクラスの連中を誘えば良いだろうに…

もしかして、友達いないのか?

「まぁ、僕は構わないけど…桜は良いのか?」

たしか、桜は学ぶの事を苦手にしているはず。

「ん…甚だ不本意だけどね」

やっぱり友達いないのか?



「お前ら相変わらず仲良いな〜」

学は僕ら二人を見るなりそう言った。

「まぁな」

いつものことなので軽く流す。

「ところでどうしてお前は教室に入らず、廊下に立ってるんだ?」

学は自分のクラスの教室の外壁にもたれかかって僕らを待っていた。

「何か予想以上に教室内に人が多くてな…居心地が悪いんだ」

「自分のクラスだろ?」

「クラス内でも派閥とかあるだろ…場所はホームでも空気はアウェーだ」

良く分らんが、こいつも友達がいないのだろうか?

「じゃあ、どうする?僕たちの教室行く?」

僕らの教室も彼にとっては多分アウェーだが…

「そうだな…そっちなら無観客試合 みたいなもんだし」

そうか?

「えー、それは嫌」

学が納得したと思ったら今度は桜に不満があるらしい。

「できれば教室で一緒にいるとこ見られたくない…というかぁ」

「え?何だかんだで結構一緒に居る時間多いと思うけど…登校の時とか」

別に僕は時間を合わせているわけではないが、なぜか桜は僕と同じ時間に家を出る。

「稔じゃなくて…」

いつものように学には聞こえないような小さな声で桜は言った。

「…どうかしたか?」

「悪い学、うちの教室も無理みたいだ…ちなみに理由は聞くな」

桜が学と一緒に居るところをクラスメイトに見られたくないという理由は言えまい。

「そっか…じゃあ、4階の空き教室使うか」

4階の空き教室とは文字通り4階にある空き教室の事だ。

クラスの数が減ったり新しい施設ができたりしてうちの学校には結構な数の空き教室がある。

先生がやってくることも少ないため、ちょっと公にできないような事をする場合なんかに良く使われる。

最も、良く使われるため先生が来ることはないが生徒は普通に行き来してるため、

本当に誰にも知られたくないことや、まずいことをするには適していない。

「そうだな…そこが最適か」

桜も特に文句はないようだ。

「じゃあ行くか…」





通常の教室と違い、普段は使用していないため教室内の机や椅子はぐちゃぐちゃなので各々、自分の分を確保する。

「じゃあ、今日は第一回GW『色』講座、今日は
だ」

学は教卓をチョイスなさったようだ。

「色講座ってどういうこと?」

ただのGW講座なら分るが色講座とは何だ?

「色ってのはGWにおける勢力のことだよ、基本的には青緑黒赤白茶の6色ある」

「確か、紫ってのもあったと思うけど?」

桜が学とは全く違う方向を向きながら突っ込んだ。

「だから基本的っていったでしょ…というか、伊藤さん良く知ってるね」

「たまたま…その、ちょっと説明書読んだら見えただけよ」

「まぁ、いいや…んでとりあえず各色の特徴についてまずは説明していこうと思う」

「で、今回は『青』と」

「そういうこと」




オフィシャルの説明をそのままするならば、青は回復、生産、防御を得意とする勢力だ。

最初の頃のテキストが単純なカードを見れば特にその傾向は分りやすい。

一弾のコマンドカードを見てみると。

回避運動
ジオンに兵なし
小さな防衛線
生産ラインの復旧
一時休戦
戦略的勝利
雨天野球場
V作戦
必殺の一撃

以上の九種類になるわけだけど、それぞれを役割で分けると…

回避運動、小さな防衛線、雨天野球場は防御なカードだな。

一時休戦も防御といえるし本国だから捉え方を変えれば回復とも見れる。

もちろん、生産ラインの復旧は典型的な回復カードだ。

V作戦は生産という意味合いのカードだろう。

ジオンに兵なしは…難しい所だが、リロールするって事はどちらかというと生産ってイメージか?

必殺の一撃は敵軍防御ステップという所を考えれば防御用のカードだな。

戦略的勝利だけが異質な存在だが…これ以外は基本的に自分のために使うようなカードだ。

回復、生産、防御と言われるよりはイメージしやすいだろう。

めんどくさいので表記しないけどこれ以降も破壊を無効にするカードや、

ユニットをすばやく配備するようなカード、回復のカードが多い。

能力を上げるカードも基本的に敵軍ターンなんかが多かったりする。

その他にも「ドローカード」と言われるようなカードを引くような効果が多いのも青の特徴だ。

カードの種類が少ないうちはだいたいこんな感じで分類できるカードが主だ。

さすがに今は種類が増えてきたから一括りするのも難しいけどな。

これが青の特徴だ。




「ふ〜ん、ところでゲームとは関係ないけど青はどんな作品からの出展が多いの?」

桜は興味なさそうにしながらもしっかりとメモを取りながら学に聞いた。

「青は公式でもアニメの主人公が多い勢力と言っている通り、主人公が多いというのが特徴だ」

「まぁ、大体の作品って連邦が主役だからね」

『アニメ』はそうね…逆に小説とかの外伝的作品だとジオンが主人公だったりするけど…

「そうかもね」

「じゃあ、今日はこんな所で終了で良いかな?」





下校の時間はとっくに過ぎているものの、部活動などで残っている生徒は多いのか、

校内は授業中よりも活気付いているような気さえ起きる。

それでも校舎の中はさすがに静かで、歩く足音が廊下に響く。

だから、その音は多分、いつもより大きく廊下に響いたのではないだろうか?

4階から3階、そして僕らの教室がある2階へと降りていく途中でその音はした。

「なぁ、何か今凄い音しなかったか?」

その音…多分、人が転んだ音。

それも軽く躓いたとかではなくて…恐らく、階段を2つ3つは落ちた音。

「痛いよぉ〜」

そして、階下から聞こえてくるあまり痛そうには聞こえない悲痛。

ちょうど、1階と2階の間の踊り場にその声の主はいた。

転んだ際に打ったのだろう、足をさっすていた。

でも、見たところ特にこれといった外傷はないようだ。

「大丈夫?」

桜はうずくまっている女子生徒に声をかけた。

上履きの色は僕たちと同じ緑…つまり、同級生ということか。

「はい、すごく痛いですけど…大丈夫ですぅ〜」

どこか間の抜けた声で女生徒は答えた。

すごく痛いと言っているが、正直痛そうには聞こえない。

「どうする?保健室行く?」

「いえ、大丈夫ですぅ〜」

すると女生徒は突然、手をばたつかせ始めた。

どこか頭を打ったのだろうか?

それとも新しいパフォーマンスの一種だろうか?

「…もしかして、これ?」

僕がそんな思考を巡らしている間に桜は答えに気付いたらしい。

「えっとぉ…すみません、見えなくて分りません〜」

桜とその女生徒はそれほど離れているわけではなかったが彼女には視認できないらしい。

「じゃあ、多分正解だ…はい」

桜は床に落ちていたメガネを女生徒に渡した。

「あぁ、ありがとうございますぅ…これがないと何も見えなくて」

声だけでなく全体的に間が抜けているらしい。

「いえいえ」

彼女はメガネをかけ直すと立ちあがり、膝を軽くはたいた後、また桜に向かって深々と頭を下げていた。

「…」

「ん?何か言ったか?」

先ほどから何もしゃべっていなかったので空気のように存在感がなかった学が何かブツブツと言っていた。

「萌えー!」

「うわっ!うるせぇ」

「秋月、俺はゲームやアニメのキャラに対しては言葉にし難い感情を持ったことが何度かあった」

言葉にし難いって…おい

「でもな、ことリアルの三次元 の人間に対しては特別な感情を持ったことはないんだよ…もちろん、アイドルなんかも含めて」

こいつは…人として終わってるな、ある意味漢とも言えるけど…

「だから今、この気持ちをどう表して良いか分らないんだ…これが恋ってやつなのかなぁ?あぁ、胸の鼓動が止まらない」

「いや、さっきお前、『萌え 』って言ってなかったけ?」

つーか、言葉にし難い感情ってのも多分、普段からこいつは『萌え』の一言で表している気がするけど。

「この素人が…『萌え』って言葉は世間が定義しているような簡単な言葉じゃないんだよ、もっと哲学的なものなんだよ」

「さようですか」

アホは置いといて桜と女生徒の方へ視線を戻すと、まだ彼女は頭を下げていた。

…あぁ、刻が見える…。

「あぁ、もしかして私と同じ学年ですかぁ?」

頭を下げていたから桜の上履きの色に気付いたのだろうか。

「うん、多分…私は2年B組の伊藤 桜、でこっちが同じクラスの秋月 稔」

桜が勝手に紹介してくれたのでとりあえず合わせて頭を下げた。

「そうですかぁ、私は1年B組の宮沢 雪と申しますぅ」

「いや、宮沢さんは2年生なんじゃないかな〜?」

じゃないと上履きの色が同じだから学年が同じという仮説が崩れてしまう。

「そうでしたぁ、今年からは2年F組みになった宮沢 雪と申します」

「よろしくね」

桜が右手を差し出し握手をしていた。

「はい、よろしくお願いします〜あ、そちらの方はどなたですか?

宮沢さんは、なぜか必死に電子辞書をいじっている学に気が付いたようだ。

なんだっけ、帰宅部の部長だっけ?」

この間の話を覚えていたのか、桜がこちらを見ながら答えた。

「そうなんですか〜では、皆さんは帰宅部のお仲間なんですか〜?」

「帰宅部といえば帰宅部だけど…多分、宮沢さんが思っている組織とは違うと思う、きっと」

やはりこの子の頭の中は温まっているようだ。

「今は何か部活の活動で忙しいみたいだし、邪魔しちゃ悪いから行こう」

桜は握手したままの手を強引に引っ張り歩き出した。

「ほら、稔も行こうよ」

しばらく学の様子を見ていたが、待っているのも面倒くさいので、素直に桜の言葉に従う事にした。

こうして僕らは、学一人を残し、夕焼け色に染まる校舎を後にした。