「じゃあ、身体の方はもう、大丈夫なんだ?」

「うん、ばっちりだよ…それで、これ…なんだけど」

彼女は背中のかばんから小さく綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出した

「えっと…ハンカチ…かしら?」

「うん、そのありがとう…貸してくれて」

彼女に会うのは決して始めてではないけれど、何かを貸し借りした憶えはなかった

それにそのハンカチはずいぶんと昔のもののように見えた

「…私が、さつきちゃんに貸した?」

「うん、ほら…」

彼女がハンカチを広げるとそこには刺繍があった

ヤマユリ カナ

「え…もしかして…」

思い出した、あの日桜の樹の前で泣いていた女の子を

「…偶然って面白いね」

「どうかした?」

「ううん、何でもない」

「それにしても陽太君達遅いなー」

時計を見ると…約束の5分前

***

「でも、良かったね!入れ替わりにならなくて、一日ずれてたらもう、居なかったんだもんね」

「そうだけど、今考えるとそういうものも含めて、上手く行き過ぎたというか…何というか、奇跡っていうのかな?」

「奇跡…ねぇ、まぁそんな曖昧な言葉じゃなくて運命っていってもいいと思うけど」

「運命…まっ、何でもいいか!俺が6年前から来なくなった理由もすっきりしたし」

「それは…君のおばさんと母親の仲が悪くなったなんて…覚えてないほうが良いもんな」

「でも、松田に聞いて分かるってのも…傑は何、余計なことを言っているんだか…」

「ところで、それ何?」

俺が持っていた包みを指差して藤沢君が聞いてきた

「あぁ、これ?とりあえず、今は内緒…」

恥ずかしいからな…

「?」

***

「…あ、来たみたい」

神奈ちゃんの方に視線を向けると二人が走ってくるのが見えてきた

「ごめん、待ったー?」

「ぐぅ…遅い、遅すぎるよ」

「そうか?…5分も経ってないよ」

「時間の問題じゃないんだよ〜」

「…何か昔もこんな事言ってなかったか?」

他愛無いやり取り、いつもと変わらない日常

「そうだっけ?う〜ん、思い出せないよ…」

来るはずなんてないと思っていた時間

「でも、もしそうなら…嬉しいな…♪」

「そうか?」

「…だって、二人はあの頃と変わってないって事じゃない?」

かけがえのない、大切な時間

「それは…ただ単に成長してないって事じゃないのか?」

「それでも良いよ…これから成長していけば良いんだから…」

これからの二人には時間はたくさんある

「ったく、恥ずかしい事を言うな…そうだ、これやるよ」

陽太君が手に持っていた包みをぽんと投げた

「うわっと…えっとプレゼントかな?…開けていい?」

「なんだ…退院祝いとでも受け取ってくれ」

「…カチューシャ?」

「なんか、似合うかなと思って」

「…ありがとう、前ね…陽太君からカチューシャ貰う夢見たんだ…えへ、正夢になったよ?」

「恥ずかしいからそんなに喜ぶな…それと…本題はこれなんだけど、今度はちゃんとつけてくれよ…」

「何?まだ、何かくれるの?…あ…」

ポケットから出した手には…おもちゃのみずいろの指輪

あの日と変わらないまま…あの日の思い出のまま輝いていた

「…」

ボクは黙って左手の薬指を差し出した

「…何だ?」

「陽太君、今言ったよ?今度はちゃんとつけてほしいって」

「…新手のいじめか?」

「違うよ〜ほら、はやく!」

「でも、これだと小さすぎるんじゃないか?」

確かに、薬指には入らなそうだった

「ぐぅ〜、じゃあ小指…」

「じゃあって…ま、小指なら…」

そう言って手にした指輪をボクの小指につけてくれた

「これでいいか?」

「ん…良いよ、薬指には今度ね?」

「は?」

「…指きった!」

強引に陽太君の小指に指を絡ませ、指をきった

「おい、こら!」

「約束したも〜ん」

「ったく…さて、行くか?」

陽太君は困ったような…でも、どこか嬉しそうな顔をしていた

「ぐぅ、何処に?」

「あそこの丘。皆で花見やろうぜ!俺達以外はもう居るはずだから」

「もう、桜の季節じゃないよ?」

「そうだな…じゃあ、葉見だな…虫とかいそうだけど…良いよな?」

「ぐぅ〜、虫は嫌いだけど…でも、行きたいな…」

「善は急げだ、行くぞ?」

「あっ!待ってよ〜!ほら、神奈ちゃん達も行こ〜」

「うん、じゃあ…行こうか?湘君?」

「…うん、山百…じゃなかった…神奈!」

「…何か良いな〜あの二人…恋人っぽい」

「っぽいんじゃなくて、そうなんだけどな…まぁ、俺達もこれから成長していけば良いんだろ?」

「…恥ずかしい事言ってるよ?」

「お前が言ったんだろ!」

「ふふっ…でも、そうだね…時間はたくさんあるもんね」

「そういうこと…よし!行くぞ、さつき!」

「うん!」

止まっていた季節が動き始めた…

新しい季節へと…二人一緒に…この樹の下から…