第七話C2「夏夢」

「今日も収穫なしだ〜」
いつもの声が玄関に響く
「ごめんな、良介…今日も釣れんかったよ、父さん漁師に向いてないのかな?」
そしてまた、いつもの台詞
「そんな事ないよ、父さん」
「…母さんにも負担かけっぱなしだし、家系を継いでも暮らしていけなきゃ…」
父さんの父さんも、そのまた父さんも漁師だった
だから、父さんも漁師になった
「…もし、父さんが遠くに行ったら寂しいかい?」
これは初めての台詞だった
心なしか父さんの声はいつもより真剣だった
だから思った、父さんは漁師をやめるんじゃないかと…

その日の夜は眠れなかった
父さんのあの言葉が頭から離れ無かった
<もし、父さんが遠くに行ったら寂しいかい?>
いつもはずぼらで頼りない父さんだけど
船にのった時は凄くかっこよかった
だから、僕も漁師になりたいと思った
きっと父さんもそうだったんだと思う
だから父さんには漁師を続けて欲しかった
僕の憧れだから…

次の日、僕は神社に行った
隣の家の涼子姉ちゃんにどうしたら良いか相談したら
釣れるようにお祈りしてあげれば良いと言ってくれた
山の上の神社は<しょうばいはんじょう>だから、そこが良いとも言ってくれた
そして、祈った
釣れるよう、遠くに行かぬよう、ずっと…
これで今日はきっと釣れる!そんな気がした
だから、奮発して帰りに武田商店でゴリゴリ君を買って帰った
当たりかな〜と思ったら当たっていた。

帰ってきた父さんの機嫌は良かった
今日は凄く釣れたらしい
いつもこんだけ釣れたらうまい物たくさん食えるぞと言っていた
だから、次の日もその次も祈り続けた
そして、父さんは次の日もその次も笑顔で帰ってきた
嬉しかった
ずっと幸せな日々が続くと思った…そして

父さんの船が転覆したのは次の日だった
病院の暗いリノリウムの廊下で
一人で祈りながら、ふと思った事

「もし、未来が見えたら…」

その言葉が僕の人生を変えた

次回「故郷と呼べる場所」

予告:そして現在へ