「あの…」

声をかけらること自体はおかしくない

「あの、この場所に行くにはどうすれば良いのでしょうか?」

行き方を訪ねられのも珍しくはない

ただ、彼女の聞き方が違っていた

「東京都…?」

質問と一緒に差し出された紙には聞いた事のない住所が書かれていた

「こちらの電車に乗っていれば大丈夫なのでしょうか?」

そういってホームに入ってきた電車を指差す

この路線は…23区以外は通らないはず…いや、そうじゃなくて

「何処かで乗り換えるのでしょうか…それともバスか何かに…」

一応、乗換えとかを気にしてはいるようだが根本的に何かが違う

そう、乗り換え以前に彼女が何処の『駅』で降りたいのかが問題だ

路線図には住所は載っていないし、住所には最寄り駅は書かれていなかった

ある程度予想は出来るが一応、質問してみることにする

「えっと…どちらの駅に行きたいのでしょうか?」

「え…すみません、分かりません」

予想通りの回答が返ってきた

最初から分かっていれば住所なんかで聞いてこない、普通は

「やっぱり、住所だけじゃどうにもならないのでしょうか…?」

自覚はあったんだ、やっぱり

「そうですね…ただ、少なくとも言える事はこの電車に乗っても行けませんね、多分」

「そうですか…」

「ところで、ここにはどうやって…いや、どうしてここで降りようと思ったんですか?」

もしかしたら何か分かるかもしれないので、一応聞いてみる

「その…オレンジ色の電車に乗って…東京駅から、それで、えっと…」

少し話を聞いてみると彼女は田舎の方から先ほどの住所の場所へ行くために上京してきたらしい

どおりで見たことのない制服を着ているわけだ…デザインやスカートの長さも失礼ながら、田舎っぽい

「それで…東京に行くには『東京駅』に行けば良いと思いまして…」

「それ持ったままきたの?」

さっきから気になっていたのだが、手には何故か花束

「あぁ、はい…」

お見舞いにでも行くのか、それともシーズン的にいって卒業式か何かでもらったのだろうか

ついでに卒業式だと思ったのは、彼女の胸ポケットに造花が付いていたから

「それで、何でここで降りたの?」

住所も分からないのになぜここで降りたのか…

次の駅まで行けば私鉄も乗り入れているので選択肢は広がると思う

もちろん、彼女にそんな知識があるとは思っていないけど

「住所と同じ名前だったので…」

さっき俺に手渡されたままの紙を彼女が指差した

確かにこの駅と同じ文字列は含まれている…含まれてはいるが…

「残念だけど…ここは区内だから…」

それにここと同じ地名は日本中に腐るほどあるだろう、うちの実家の近くにもあったし

「やっぱり…この住所だけじゃ難しいでしょうか?」

住所自体は東京都からちゃんと番地名まで書かれている

書かれているから調べられないこともないけど…

困っている乗客がいれば案内するのは鉄道員として当然の行為だ

それなら、最寄駅を探して案内すれば良いのだろうか

駅員の仕事はそこまでで十分のはずだ

でも、仮に場所が分かったとしても彼女は無事にそこへ行けるだろうか?

そもそも、俺がここまで心配する事だろうか?

「…ちょっと待ってね、今調べてくるから」

とりあえず、場所を調べる所までは仕事だと考えた

「あ、はい」

彼女の返事に重なって、近くの教会の鐘の音が聞こえた

それは今日の就業時間が終わった事を意味していた


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