別に悪いことがかっこいい事だと思っていたわけじゃない

お金が欲しかったわけでも、誰かを傷つけたかったわけでもない

自分でも良く分からないけど、そうしていたかった

学校に行かないのに、制服を着て

煙草を片手に意味もなく繁華街を徘徊して

万引きした漫画を読みながら昼食をとって

夕方にはカツ上げした金で遊びほうけて

そんな毎日を繰り返していた


その日も、盗んだバイクで走り回っていた

それこそ誰かの歌のように行き先も解らないまま

でも、もしかしたらそこに向かっていたのかもしれない

暗闇の中に一箇所だけ光を放っている場所があった

自動販売機…これじゃあ本当に歌と同じだ

自販機と言えば、以前仲間から自販機荒らしの方法を聞いた事があった

「…やってみるか」

誰に言うわけでもなく、呟いてみた

当然、止めようとする人間はいない

夕方は人通りもそれなりにあるこの道だが、今の時間は流石に誰もいなかった

俺は鞄の中から道具を取り出し、早速自販機にそれをあてがった

だが、何度やっても自販機は反応を示さなかった

「…その手は古いって」

不意に声をかけられた

振り返ると、俺と同い年ぐらいの女の子が立っていた

しかもこの辺ではそれなりに実績のある公立進学校の制服を着ている

もちろん、俺は彼女の事など知らない

「その自販機は最新物だから、いくらやってもお金は出てこないよ」

彼女はそう言いながら投入口に小銭を入れた

さっきまでいくら俺がやっても反応しなかった自販機がいとも簡単に反応した

彼女はボタンを押して、釣銭を取った後、落ちてきた缶コーヒーを拾い上げた

俺はその姿をボーッと見ていた

「…何?」

視線に気付いたのか彼女が俺の方を向いて言った

「いや、別に…お前こそ何やってんだよ」

「何って、コーヒー買いに…見れば分かるでしょ?」

確かに彼女の言うとおりだった

自販機に飲み物を買いに来る以外に来る人間はまず、いない

では、自分は何をしにこの自販機に来たのだろうか…

「あんたは…自販機荒らし?でもその様子だと初犯みたいね」

自分は自販機を荒らしに来たのだろうか…いや、『自販機に来て』からそれを思いついたはずだ

「…特に目的あってやったわけじゃないのかな?まぁ、実際成功もしてないし…とっとと帰ったら?」

彼女はそう言い残して元来た方向へと歩いて行った

「ちょっと待てよ」

離れていく背中にそう、声をかけた

「…何か用?」

「何か用じゃあねぇよ、喧嘩うってんのかあんた」

『いつもやっている』ように声を低くして俺は言った

「別にあんたに喧嘩売っても何の得にもならないし…」

彼女には怯む様子はなく、むしろ余裕すら感じられた

「そういう態度が喧嘩売ってんのかって言いてぇんだよ」

そんな彼女に対して、余裕のない俺は大声をあげるしかなかった

「うるさいわね…今何時か分かってるの?」

「女だからってあんまり調子に乗るなよ?」

「調子に乗ってるのはあんたでしょ…で、何がしたいのよ?私を襲いたいの?」

彼女は顔に軽く笑みを浮かべていた

「…このっ」

拳を握り締め、睨み返すと彼女の表情は一変した

さきほどまで見せなかった…焦りや緊張がまじった顔だ

「…逃げるわよ」

そう言った瞬間、彼女は俺の手を掴み走り出した


「何なんだよ、一体」

彼女がやっと手を離したの住宅街にある公園の中だった

「補導員よ、気づかなかったの?」

彼女は先ほど買った、コーヒーを開けて口に含んだ

「…ぬるい、ったくあんたのせいよ?」

それでも彼女はコーヒーを飲み干し、近くのゴミ箱へ投げ捨てた

「別に俺は補導されても構わないけどな…むしろ、お前の方が困るんじゃねぇの?」

進学校に通っている彼女には補導された経験などないはずだ

「私だって別に構わないわよ…ただ、あんたがいたから問題なのよ」

「どういう事だ?」

「この制服着てれば…繁華街とかだとさすがに無理だけど、普通補導はされないの」

なるほど、進学校に通うとそんな特典もあるのか…だったら俺も勉強しとけば良かった

いや、何もできなかったからこそ今はこんな風になってしまったのだろうな…

「じゃなかったら辞めた学校の制服なんて着ないって」

そうだよな、わざわざ辞めた制服なんて着ないよな…?

「…辞めたって、学校を?」

「そう」

「何で?」

彼女があまりにさらりと答えたのでつい、聞いてしまった

「別に…行く意味がないかなって思って」

学校に行く意味がない

確かに俺のようなダメなやつなら学校に行ったところで何かの足しになるとは思えない

だけど、進学校に通っていたコイツの場合はそこに意味があるのではないだろうか

「勉強するなら学校行くよりも自分でやった方が効率良いし…実際、授業なんかクラスの半分以上が聞いてないし」

やはり彼女と自分とでは価値観が違うらしい

彼女にとって学校は通過点にしか過ぎないようだ

だとしたら、自分にとって学校とは何なのだろう

「…でも、学校って勉強するためだけじゃないだろ、部活やったり友達と遊んだりとか」

部活もやっていない、学校に『まともな』友達もいない俺が何様のつもりだろうか

「私にとっては勉強するだけの場所だったのよ…だから、部活も友達も必要ない」

そして、自分には勉強する場所ですらないのに…

「あんたは、まだ学生やってるの?」

今度は彼女が質問してきた

「俺は一応、学生だけど」

だけど、単位が危うくきっと今年こそは留年になってしまうだろう

「ふーん、あんたは部活やったり、学校に友達いるの」

「…いや、何もやってない…たまに学校行っても授業さぼってタバコ吸ってる」

本当に自分は何がしたいのだろうか

「タバコはやめた方が良いわよ、長生きしたければ」

初めて彼女からやさしい言葉をかけられた

「…そうだな、今後は控えるよ」

「あ、でもそうすると税収が減るから吸ってくれるほうが私のためにはなるかも」

彼女の中では『俺の健康<税金』らしい

「…ねぇ、長生きしたい?」

「え?」

さきほどの話の続きだろうか

「私はさ、別に長く生きたいとは思わないんだよね」

どうやら、タバコの話とは違うようだ

「むしろ、早く死んだほうが良いかもとか思ってるし」

「…じゃあ、タバコでも吸ってみれば」

彼女の真面目な雰囲気に呑まれそうで俺は冗談ぽく返事をした

「別に、積極的に死にたいってわけじゃないの…なんだろうな…」

何となく彼女の言いたい事が分かってた気がする

つまり…

「退屈…なのよね」

そう、自分もそうだ…毎日が退屈なんだ

「俺も…そう思う」

普通に過ごす事が退屈で、窮屈で…

「何が?」

でも、道を外してみても何も変わらなくて…

「退屈って事…」

気がついたら、こんなだった

「毎日が退屈でさ、だから少し悪い事してみても…やっぱり退屈で…」

「あっはっはっは」

突然彼女が笑い出した

「…どうした?」

もしかして、自分の考えとは全く違うことだったのだろうか?

「うん、私も同じでさ…皆と違うことやってみたりして…」

「それは学校を辞めたって事?」

「それもそうだし…あと、これとか」

彼女が胸ポケットから取り出したものは、俺が今手にしている物と同じだった

「私も実はやってたんだ…自販機荒らし」

「そうか…」

「でも、楽しくなかった…何も変わらなかった」

「うん、俺も同じなんだと思う」

どんなに足掻いてみても、日常に還ってくる日々

「他の人はさ、無責任にそのうち楽しい事があるよとか言うけどさ」

今、目の前にない幸せを予感するなどできるのだろうか

「そのうちなんていつ来るか分からないもんね…」

確かに、いつ幸せというものが来るかなんて分からない

「何で私、あんたにこんな話してるんだろう…」

…でも

「なぁ、自販機で飲み物でも買わないか?」

目の前に小さな、本当に小さな幸せを一つでも見つける事ができたのなら

「…私、財布持ってきてないけど?」

人間は生きていけるのではないだろうか

「さっきのお釣があるだろ?」

それに幸せの予感など分からなくとも

「でも、30円しかないわよ?」

きっと何処かで感じているはず

「大丈夫、足りない分は俺が払うから」

それが運命というやつかどうかは分からないけど

「なに、奢ってくれるの?」

きっと何かが結び付けているはず

「いや、割り勘…俺の方が割合は多いけど」

なぜなら…

「何よ…あんたと同じ物、飲むの?」

こうして俺たちは出会えたのだから

「その方が恋人っぽくて面白いだろ?」


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