「…撤去ですか?」

終わりの時は突然だった

「残念ですが…」

彼は何度も何度も頭を下げ、詫びた


家の近くにコンビニエンスストアができた

以前は確か、コインランドリーか何かがあった所だ

この辺りは人通りもそれなりにあるし、住宅の数も多いのでコンビニができても何の問題もないだろう

むしろ、今まで近くになかったというのが不思議と考えるほうが普通かもしれない

そして、そのコンビニが繁盛するのも当然と言えた

その結果、自販機の売上が明らかに落ちていた

それまでは、近くに他の自販機や商店もなかったのである程度の売上は確保できていたが

コンビニができた今、大半の客はそこで買い物をするようになった

駅から帰ってくる場合、そちらの方が駅に近いというのもあるだろうし

なにより、種類がそちらの方が多くそろえているというのもあると思う

理由はともかく、自販機の売上が激減したのは事実であり

そして、現状では自販機の維持すら厳しいというのもまた、事実であった

「市川さん、私はあなたと…この自販機のおかげで外の世界へ目を向ける事ができました」

この自販機を置くまでの長い間、私はろくに家を出る事もなく、人と接する機会など皆無に等しかった

「ですから今、自販機が撤去されてもそれも仕方がないものと考えていました…しかし」

だが、今は積極的に外へ出て、せめて残り少ない余生を充実させようと考えが変わった

この自販機と彼が私の生活を、世界を変えてくれたのだ

「しかし、何かこの自販機はここに必要な気がしてならないのです…何か手はないのでしょうか?」

この家の前には自販機が必要、最近私はそう思い始めていた

「私どもの会社では既に商店などを経営しているかたむけに独自に運営していただくプランも用意しています」

彼は鞄から資料を出しながら説明をしてくれた

「そちらのプランに変更すれば、撤去をすることは止められますが、全ての負担を篠原さんにかけてしまうことになります」

そこで一呼吸を置き、彼はこう続けた

「そして、残念ですが…現状で黒字を出していくのは難しいでしょう」

それはそうだ、黒字が出る見込みがないから撤去するのだから

「値段を下げてみるというのはどうでしょう?」

これでどうにかなるとも思っていなかったが、聞いてみた

「確かに幾らかは購入数が増える可能性はありますが、一商品あたりの利益が減ります」

やはり、素人のような考えではダメらしい

「そして、自販機の価格を多少安くしても顧客はさほど移動しないと言う報告があります」

ならば、他の手を考えるしかない

「…そのプランの最低契約期間はどのくらいでしょうか?」

「自販機はリースとなりますので最低、3ヶ月となっています」

「では…私に3ヶ月だけ時間を下さい」


翌日、私は街へでかけた

まずは本屋に行き、目当ての本をいくつか手にとり購入した

そのまま、近くの喫茶店で昼食を摂りながら本に目を通す

いくつか必要なものをメモして今度は近場のホームセンターへと向かう

最後に花屋に行く予定であったが

その店の入り口で都合よく苗が売られていたので購入する事にする

その次の日、早速私は生け垣を取り壊し始めた

次に購入した道具を使い、苗を植える準備をする

昨日本屋に行って知ったがこういうのを最近では『がーでにんぐ』と呼称するらしい

買ってきた苗を早速植える

キレイな花だったので買ってみたマトリカリアという花らしい

さすがに年寄りが一人でやるには厳しいものがあった

だが、こんなに何かに集中できたのは本当に久しぶりだ

市川さんのお父さんもきっとこんな感じになったに違いない

休み休み作業をしたが中々、終わりの気配を感じない

それでも、所々はそれらしく見えたりもする

夕方、通りかかった市川さんが手伝って下さった…ありがたい


翌日は祝日だった

もっともそれをしったのは仕事が休みで手伝いに市川さんが来てくれたおかげだが…

さすがに若い人は体力がある

本人はもうそんなに若くはないと言うがそれでも私よりは動きが軽い

年寄り一人でやるよりも作業は早く、みるみるうちにできあがっていく

日が西に傾く頃にはだいぶ形になってきていた


そしてまた次の日

だいぶ形にはなってきたため、後は細かいところを修正するだけだ

その作業も昼を過ぎた辺りには終わり、夜には片付けも終わっていた

この間も自販機は稼動していたが

さすがにがーでにんぐをしている老人の横で飲み物を買う人はそうはいなく

私専用の冷蔵庫と化していた


新しい契約の下での稼動初日

市川さんが個人的にアドバイスをしてくれると言っているが、これからは他人任せと言うわけにはいかない

そして、今までのように運営していると赤字になるというのもプロの目で証明されている

年金暮らしの老人では残念ながら、赤字をずっと補填していくと言うわけには行かない

だから、私は自販機の周りを植物で飾る事にした

いや、自販機を飾るのではなく、幽霊屋敷のような我が家を明るくしたかたったのだ

こうする事できっと、全てが変わるのではないのだろうか

自販機にしてもそうだ

これ自体に意味があるわけでもないし、確かに赤字はきついが利益を出したいわけでもない

ただ、これも必要な物の一つだと思ったのだ

通りには人がいて、そしてたまにでも良いから人が立ち止まる

そんな場所にしたいと私は思った


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