二つの疑問のうち、一つはすぐに解決しそうだった

「先生に、卒業の報告をしに行くんです」

揺れる電車内で彼女が言った

どうやら、これから向かう先は先生の家の住所らしい

「とてもお世話になった先生なので…もう、定年を迎えられたんですが」

その先生の事を話す彼女の笑顔を見ていればその人がどれだけ良い人なのか分かった

そして、どれだけ彼女がその先生を慕っているのかが

もし、自分だったら定年で地元へと帰っていった教師にわざわざ報告に行くだろうか

中学校を卒業した時だって隣にあった小学校へはいかなかった

市外にある高校を卒業した時は言うまでもない

それに、高校の教師の名などもう、ほとんど覚えていない


快速から各駅停車に乗り換えて最寄り駅へとついた

東京と言っても西側に位置するこの市内は都心部と違い穏やかな時間が流れているように思えた

駅前にあるバスの路線図を見ると目的地と同じ地名の停留所が見つかった

今度はただ同じ地名というわけではない、正真正銘、紙に書かれている住所なので、そこり降りれば良いはずだ

しばらくすると目的地方面のバスがやってきた

駅前だからだろう、バスは大量の人を吐き出していった

停留所からは地図を頼りに彼女が持っていた住所へと向かう

個人の家なら住所が分かっていても不慣れなものはすぐには分からないと思っていた

だが、その場所は案外簡単に見つかった

別に大きな家だったわけではない、むしろ建物さえ建ってなかった

それでも、彼女はすぐにその場所を見つけた

そして、同じように見える無数の石のうちの一つの前で屈み、手にしていた花束から二本の花を取り出し、石の横へと活けた

彼女はその冷たい御影石の前で静かに涙を流していた


どれくらいそうしていただろう

最初は水とか箒とか持ってきたほうが良いかもしれないとも思ったが、彼女が「卒業の報告」をしに来た事を思い出し、やめた

あまりに静かなその場所はまるで、時間が止まっているかのようだった

だが、時間は必ず流れていくらしく、心なしか太陽の角度もゆるやかになってきた

それでも、彼女は動かずにいた

俺もその背中を見つめ続けていた…

見つめながら今日の事を考えていた

なぜ、ここまで来たのだろうか

時間と交通費がかかっただけで何の得にもならない

朝勤で眠いのに、明日も仕事があって忙しいはずなのに

こんなところで、立ち止まる暇なんかあるはずないのに…

どうして、俺はここにいるのだろう


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