いつもより早く家を出たため当然、学校にも早く着いた

いつもの時間なら人もまばらなグランドには朝連をやっている運動部の連中が大勢いた

テニスコートやプールには人が居ないという事はテニス部や水泳部は朝連をやっていないのだろうか

そんな事を考えながら、いつもとは少し違った雰囲気の校舎へと向かった

廊下に木霊する管楽器の音を聞いて、吹奏楽部も朝連をしている事を今日、はじめて知った

いつもとは違う空気を感じながら、自分の教室へと向かう

途中、彼女の教室前を通ったときに中をチラリと見たが、まだ早いからか彼女の姿はなかった

教室の中に入ると…誰もいなかった

彼女の教室には少しだけだが人はいたし、他の教室も少なからず声や気配を感じたが…

そう言えば、担任がこの前クラスの遅刻者が多くて困ると言っていたのを思い出した

遅刻が多いと言うことは早く来る人間も少ないと言うことだろうか

そう解釈し、自分の席へ座ったは良いが、する事がなかった

いつもなら担任が来るまでの時間、仲の良い連中と下らない話をして盛り上がっていたが

誰もいない教室ではそれも無理だった

かと言って、暇つぶしの文庫本やゲーム機を持っているわけでもない

仕方なく、適当に携帯電話でもいじって時間を潰そうとポケットへと手を伸ばした

「あれ?」

反射的に廊下側へ視線を巡らすとラケットバックを持った男子生徒が立っていた

「珍しいじゃん、こんなに早いなんて」

そう言いながらそいつはバックに入っていた教科書を机へと詰め込んだ

僕とは違い、律儀に全ての教科書を持ち帰っているらしかった

「いや、今日は早く起きたから」

別に相手は理由を訊きたかったわけではないだろうが、僕は答えた

「じゃあ、ゆっくりすればよかったのに」

笑いながらこちらに向かい、僕の横の席に腰を置いた

きっとこいつも早く来すぎて暇なのだろう

「テニス部は練習ないのか」

相手の方に身体を向け直して当り障りのない会話を始める

部活の事を聞いたが、そいつがテニス部かどうかなんて覚えていなかった

そいつとは同じクラスでもグループが違うのでお互いの事は良く知らない

いや、以前は知っていた

なぜなら幼稚園から中学校まで同じだったからだ

小さい頃は良く遊んでいたが、中学に上がってからは疎遠になっていった

「今日は、定休日だからな…定休の日にこそ、庭球をしたいものだが」

そんな事を言いながらそいつは笑った

僕も面白いわけではないが、一応顔に笑顔を作る

彼女だったらここでは絶対に笑わないだろう

軽く相槌を打つか、真面目に突っ込みをするか…

「お前は、部活してないんだっけ」

「うん、ずっと帰宅部だよ…特別やりたい部もないし」

「そうか…あれ、でもお前小さい頃、何か得意なことなかったっけ」

勉強や運動、その他全て平均点かそれ以下の僕には残念ながら思いつくものがなかった

「あったけ?」

「確か…そう、なんだけっかな、遊びかなんかで…」

子供の頃から運動が苦手な僕に何か得意な遊びなんかあっただろうか…

「そうだ紙飛行機、滞空時間が長いヤツ作るの得意だったよな」

そうだったろうか

子供の頃の記憶なんてあやふやなものだ

紙飛行機が一時、流行っていたのは覚えているが

自分がどんな飛行機を作っていたかなんて覚えていない

まして、目の前の人間がそのブームに乗っていたかどうかなんてなおさらだ

「そうだったかな…」

「そうだったよ、暇なら紙飛行機同好会でも作ってみろよ、なんてな」

そして彼は軽く手を上げて、自分の席の方に戻っていった

教室には少しずつだが、人が増えてきた

「おはよ」

さっきまで、あいつが座っていた所に女生徒が鞄を置いた

彼女は僕と同じで机に教科書が入っているタイプなので、鞄はかなり薄かった

「数学の宿題やった?」

そして、鞄から話題の宿題を取り出し…閉じた

どうやら、鞄の中身はそれだけらしい

「いや、現国の時間にやろうと思って」

「やっぱり?私も持って帰ったけど、そう思ったからやらなかったんだ」

そうして面白い話をしているわけでもないのに笑った

それに合わせてやはり笑う僕

同世代の笑顔は嫌だなどと言いながら同じように笑っている自分

もしかしたら、彼女の前でも同じように笑っていれば離れようなんて言われなかったかもしれない

「楽しい?」と聞かれたときに楽しいと答えれば良かったのかもしれない

そこまで考えて、問題はそういう事ではないと思い直した

別に彼女は楽しいかどうか聞きたかったわけではない、僕が彼女と居る理由を知りたかっただけだ

その理由が見つかっていないのなら、何も変わらない…そういう事だ


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