「ただいまー」

結局私は十分もしないうちに教室に戻ってきた

「おかえり、早かったね」

だけれど二人ともお昼ごはんは食べ終わっていた

「大丈夫だった?」

神奈ちんが心配そうに尋ねてきた

「あ、うん…昨日の日誌書き忘れてたのを怒られただけだから」

「そう…だったら放課後にすれば良いのに」

私は特に気にしてはいないけど、神奈ちんは担任の行動が不満のようだ

「ところで、神奈っち」

「何、美咲っち」

先ほど提言したように二人とも語尾に『っち』を付けているがどこかぎこちない

「この神奈っちって呼び方やめていい?」

「…私も美咲っちってのはどうかと思い始めた」

それは二人とも感じていたようだ

「じゃあ、普通に神奈って呼ばせてもらうね」

「私も美咲って呼ぶね」

そして、無難な呼び方に変えたようだ

私も神奈ちんというのはやめた方が良いのだろうか

そもそも私は彼女に何と呼ばれていたか…

さっき名前で呼ぶように言った気もするけど、さて

「ねぇ、神奈」

「えっと、卯月さんも呼び方変えたの…?」

「その、卯月さんって他人行儀な呼び方はなし!オンリー卯月で、OK?」

実際、他人じゃないのという美咲の突っ込みはややこしくなるので放っておく

「うん、OK…で、何?」

私、何か言おうとしてたっけ?

ちょっと記憶を辿ってみるが該当するデータは脳内には見つからない

でも、言われてみれば何か言った気もする…

何だったろう…もう一度、脳内を検索してみた…

…思い出した、『ねぇ、神奈…』と私は確かに言った

しかしこれは神奈という呼称のテストと彼女が私を何と呼んでいるかを確認するために言っただけで

特に後に続く内容は何も考えていなかった

だが、そんな事言えるはずないので適当に話を繋げなくてはならない

何か会話の種はないかと視線を教室内に巡らしてみると『藤沢湘』が目に止まった

よし、これで行こう

「あぁ、神奈は藤沢君のこと何て呼んでるの?」

教室内に彼はいるが、離れた位置で何やら談笑しているので聞こえる事はないだろう

「藤沢君だけど…」

「じゃあ、逆に何て呼ばれてるの?」

今度は美咲が質問をした

「えっと…山百合さん」

フジサワ君にヤマユリさん…これじゃあただのクラスメートだ

まぁ、確かに二人はクラスメートではあるけど

「今度から下の名前で呼びなさい」

「えっと、それは命令なのかな?」

「命令です、ついでに彼にも名前で呼んでもらいなさい、いや呼ばれなさい」

「は、はい…」

自分でも少々、めちゃくちゃな事を言っているのは自覚しているが

全体的には多分、間違っていないと思う

「藤沢君って下の名前なんだっけ?」

「湘」

美咲の質問に対して、私は即答した

即答したし、間違ってもいないけど私が答える質問でなかったかもしれない

言ってしまって軽く後悔した

「妹さんは南ちゃんって言うらしいわよ」

この補足は神奈がしたもの

流石にだたのクラスメートの妹の名前まで私にはインプットされていない

と言うか彼に妹がいたということすら知らなかった

「ふ〜ん、続けて呼んだら湘南だね」

笑ってはいるが、そんな彼女の名前も苗字から続けて読むとかなり単純だ

「ところで、神奈は名前の由来なんかあるの?」

「えっと、私が生まれる前に父が命名用に新しく万年筆を買いに百貨店に行ったそうなの」

わざわざ命名用に新しく筆を買うものなのだろうか?

それ以前にたまにドラマなんかで見るように『命名 ○×』と紙に書くのは一般的なのだろうか?

色々疑問に思ったが、話が途中なので黙っておく

「そこで、試書きの所に『神奈』と書いてあってそこから名付けたと聞いているけど?」

そんなんで娘の名前を決めてよいのだろうか?

むしろ、お父さんは名前が決まる前になぜ先に筆を買いに行ったのか…

結局、突っ込み所が多すぎて逆に何もいえなかった

「でも、四月に生まれたから卯月ってのも単純よね」

『さつき』『めい』と名付けられる姉妹よりはマシだ

それに弥生や葉月という風に旧暦の名前は普通だと思うのだが…

「まぁ、私の事は良いのよ…神奈、ちゃんと彼に名前で呼んでもらいなさい?」

とりあえず、時間内に食べ終わったお弁当を片付けながら先ほどの事に念を押す

「うん、機会があったらね」

軽く笑みを浮かべながら彼女が言った

この表情は適当に流そうとしている顔だ

「機会を作りなさい」

『確認』から『命令』へと変える

「…はい」

どうやら、観念してくれたようだ

私がこういう時は何を言っても無駄だと理解しているからだろう

時計を見るともう、昼休みが終わる時間だった


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